【大阪・阪神間・京都・奈良】 絵画買取、版画、骨董、彫刻の鑑定・査定いたします
【大阪・阪神間・京都・奈良】 絵画買取、版画、骨董、彫刻の鑑定・査定いたします
HOME
ご案内
取扱い作家
過去の展覧会
オンラインショッピング
国内作家
外国絵画
版画
彫刻
Information
買取り査定・お問い合わせ
会社案内
特定商取引について
YOD Gallery(現代美術)
CONTACT
今日の逸品
国内作家

■国内作家

【特定商取引法に基づく表記】
特定商取引法に基づく表記は“購入する”ボタンをクリックすると表示されます。
内容をご確認頂き、“注文画面”へお進み下さい。

※作品をご注文前に当画廊にて実際にご覧になりたいお客様は、下記の“購入する”に
 進まずに、左枠Informationにあります“買取査定・お問合わせ”フォームからご連絡ください。

瑛九 【作品名:作品】
詳細説明 ■形態:額装

■1956年作








【瑛九 略歴】
■1911年 宮崎県生まれる。本名は杉田秀夫。

■1925年 上京、日本美術学校洋画科に入学し、この頃より油絵を描く。

■1930年 オリエンタル写真学校に入学し写真の研究を行う。「フォトグラム」の制作を始める。

■1935年 中央美術展(東京府美術館)に油絵《海辺》が入選する。12月、久保貞次郎との交友が始まる。

■1936年 印画紙による新しい作品を制作し上京、久保貞次郎と共に画家・長谷川三郎を訪ねる。長谷川と美術評論家・外山卯三郎の協力で、この作品を「フォト・デッサン」と命名、「瑛九(Q Ei)」の名で発表することを決定し、4月にフォト・デッサン作品集『眠りの理由』を刊行。長谷川三郎、山口薫、矢橋六郎、村井正誠ら「新時代洋画展」の同人となり、「瑛九フォト・デッサン個展」(銀座・紀伊国屋画廊)を開催。小野里利信、植村鷹千代らと「同時代」を結成。海老原喜之助、三岸節子らを知る。

■1937年 自由美術家協会の創立に参加、7月の第1回展にフォト・モンタージュ作品を出品する。

■1938年 自由美術家協会を退会。自らの手で、それまでに描いた多くの作品を焼き捨てる。

■1939年 宮崎で「瑛九・杉田秀夫個人展覧会」(大潮社)開催。栃木県真岡の「児童画公開審査会」に出席し、小野里利信と桐生へ同行する。11月には、小野里が宮崎に1ヶ月滞在し、親交を深める。

■1940年 絵画を根本からやり直すため、翌年2月頃まで独立美術協会の研究所などに入る。

■1948年 谷口都と結婚し、フォト・デッサンの制作を再開。

■1950年 東京で「瑛九フォト・デッサン展」(上野・松坂屋)を開催。

■1951年 泉茂や早川良雄らとともに「デモクラート美術協会」を結成(57年解散)。第1回展は大阪美術館で開催。8月、宮崎で「瑛九画伯個人展」(宮崎県立図書館ギャラリー)を開催。9月、浦和市仲町に移り住む。この頃からエッチングの制作に専念する。

■1952年 デモクラート美術協会・東京第1回展を銀座松島画廊で開催。会員に加藤正、河原温、利根山光人、靉嘔、福島辰夫、山城隆一、細江英公、磯辺行久、吉原英雄、池田満寿夫などを迎える。5月、久保貞次郎、北川民次、らと「創造美育協会」を創設する。

■1954年 久保貞次郎コレクションによる「西洋版画展」と、デモクラートの仲間による「日本前衛版画展」(桐生織物会館)開催のために桐生に行き、オノサト・トシノブと親交を深める。

■1955年 「瑛九フォト・デッサン展」(日本橋・高島屋)を開催。36年から54年に制作した70点余りを展示。

■1959年 山口正城、西田信一、難波田龍起、オノサト・トシノブらと新グループ「日本抽象作家協会(仮称)」の結成を図るも、山口の急逝で中止。

■1960年 「瑛九油絵個展」(兜屋画廊)を開催し、58年から59年に制作の油絵大作9点を出品する。会期中に東京神田の同和病院に転院。3月10日朝、病状急変し急性心不全により48歳で永眠。


価格(税込) お問い合わせ−−円
技法 油彩・板
サイズ サムホール
絵画買取、版画、骨董、彫刻の査定、鑑定なら大阪の淀画廊
COPYRIGHT(C)2006 株式会社淀画廊 ALL RIGHTS RESERVED. 大阪